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オリジナル小説

経営の合間に、こそこそ(笑)書きためていた小説を公開しています。 Kindleにはまだ出していない、ブログ限定のオリジナル長編です。 寝る前や、ちょっとした空き時間に、ゆるく読んでいってください。

第九章:名の戻る夕暮れ

拓海は目を覚ました。鼻に、真新しい畳のい草の香りが胸いっぱいに広がったが、自分が今どこにいるのか、まったくわからなかった。 目をひらくと、低い机と、壁にかけられた古い馬具の絵が映った。窓の向こうでは、薄くなった夕方の光がぼんやりと陰り、風にさざなみのような音を立てている竹の葉の影を畳に落としていた。 そうだ、客間だ。瑞希に無理やり休まされたのだと思い出した途端、眠りの底から意識が一気に引き上げられ […]

第八章:火の噂

拓海はしばらく広間の端に立って、スマホ画面の中に映っている紙片の写真を見ていた。 牧野家危急の折には、牧野を護りし者の在所を探るべし。時告ぐるもの、馬の眼を開かん。 時計台であの火だるまを見てから半日も経過した正午過ぎの屋敷には、昼の光が入っていた。障子越しの明るさは白く、濃い灰色がかった石灯籠の影も、はっきり畳の上まで伸びている。長押が光で縁取られて、仄白く光っていた。 親族たちは、まとまってい […]

第七章:馬の目

午前十時を少し過ぎたころ、屋敷の朝は、ようやく明るさだけを取り戻していた。 庭の芝には朝露が真珠の粒のようにきらめき、敷石の目地に溜まった水が薄い陽の光を返している。湿った青楓の葉はまつ毛のように重たげに垂れて、白壁に映った薄い緑色を帯びた枝の影だけが、風に揺れてかすかに動いていた。 火の消えた時計台は、庭木の向こうに黒い輪郭だけを見せている。夜の炎も、悲鳴も、鐘の音も、朝の光の中ではどこか遠くな […]

第六章:鳴らない鐘

夜が明けきらないうちから、屋敷内の空気はますます息苦しくなっていった。 「では、事件前の時点で、あの時計台の打鐘機構は、鐘を鳴らさない状態にされていたと。そういうことで間違いないのですね? ああ、現在は捜査のため、こちらで再び接続を外しておりますが、問題は事件前の状態です」 阿部警部の独特の低い声が、目の前の古参の使用人の男に届いた。数時間前から屋敷内の諸々の人へ質問しているのに、いささかも声量の […]

第五章:火のあとの光

警察が来たのは、通報から三十分もしないうちだった。 最初に真っ暗な山道を上がってきたのは、赤色灯を回したパトカーの光だった。ヘッドライトが長屋門の太い梁を白く浮かび上がらせ、その下に赤色灯を回したパトカーがくぐってきた。 青楓の葉と真っ白な塀、夜露の浮いた下草が、その赤を受けてぬらぬらと色を変える。つづいてもう一台、さらに遅れて鑑識車らしい箱型の車が高台の下まで乗りつけて、車内から何かを取り出して […]

第四章:十時の鐘

軒端に座ったまま時計塔を見上げていると、不意に、拓海の目の前が真っ暗になった。何かに視界が背後から塞がれたのだった。 柔らかい手のひらが、そっと両目を覆っていた。指先は少し冷えていて、そのくせ、背中にはやわらかな体温がぴたりと寄ってきた。肩甲骨と首の後ろあたりに、やわらかい感触が当たっていた。 「だーれだ」 耳元で、低く笑いを含んだ声がした。 拓海は、その感触に一瞬、どうしようもなく卑近な想像をし […]

第三章:劣等感

二人が瑞希の部屋を出たとき、廊下の先に、人影がひとつ見えた。 薄い灰色の着物を着た使用人の女だった。年の頃は四十を過ぎているだろうか。見知った顔である。振り返ろうとする気配もなく廊下の角を曲がるその後ろ姿は、急いでいるようにも、見なかったふりをしているようにも見えた。すり足のように歩いて、足音はほとんどしなかった。 瑞希の指先が、ぴくりと強ばった。 「…見られた」 小さな声だったが、はっきりと青ざ […]

第二章:面倒なもの

玄関から少し離れた控えの間で時間をつぶしていると、屋敷の中のざわめきがじわじわと濃くなっていった。 廊下を行き来する足音がぱたぱたと聞こえたかと思うと、障子の下のほうのすりガラスに使用人たちの黒い服の裾が次々によぎっていくのが見える。玄関先で名を告げる声がしたかと思うと、どこかの襖が開いて、また閉まる音。祭りの前夜というより、何か面倒な会合でも始まる前のような空気だった。 拓海はスマートフォンの画 […]

第一章:ともしびの声

「瑞希、疲れてないか?」 「うん、大丈夫」 川端拓海は岩肌をつかみつつ、もう片方の手で遠い親戚の牧野瑞希の手を引いて、暗い洞窟から姿をあらわした。 鍾乳洞の出口を抜けると、遠くの山の稜線はすでに紫色と赤みを帯びていた。山の上部に居座っている樫の木の群れは頭を夕暮れの色にそめている。空気はさほど湿ってはいなかったが、遠くには切れ切れになった赤い雲が散らばっていた。 裂けた岩肌のあいだから外へ身を滑ら […]

時計台の燭台:あらすじ&登場人物紹介

山梨県の旧家・牧野家の敷地の奥には、明治時代に建造された時計台があった。約百年前、当時の当主の妾が炎に包まれて死んだというその時計台は、三十年前に最後の鐘を鳴らして以来、鐘だけは沈黙したままだった。 地方の名家・牧野家の遠い親戚筋の川端拓海と、牧野家の令嬢、牧野瑞希は、幼い頃から惹かれ合いながらも家柄の格の違いと親族の目に阻まれて、公にはできない曖昧な関係を続けていた。 そして年に一度の祭りの前夜 […]